本文へスキップ

愛知県の名古屋市の名称は那古野が元になったって本当かな?

名古屋市の由来

名古屋は那古野?

名古屋市の由来 写真

愛知県名古屋市の名称の由来のひとつに「那古野」が原型になったという説があります。 読み方は「なごや」「なごの」と分かれますが最近ではあまり見かけない地名で、名護屋や浪越と記すこともあるようです。 この名前が確認された最も古い記録は平安時代末期の荘園名としてで、建春門院法花堂 領尾張国那古野庄領家職相伝系図に掲載されているのが世界初だということです。 これは鎌倉期から戦国期にあったという荘園です。 これ以外にも弘法大使御入定勘決記の奥書にも尾張国那古野荘安養寺という名前が出現 しているので、南北朝時代の写本ということを考えるとやはり相当昔から日本では 使われていた名称だということが伺えます。 このあたりの時代に那古野荘から派生して地名としても使用されるようになった、 そう考える偉い学者さんが大勢います。 それが原型となり名古屋・名護屋に変形しつつ、1889年に今の名古屋市に決定 されたことは当時の国民にとって驚くほどの違和感はなかったでしょう。 実際に那古野城というお城もあったようですし愛知郡那古野荘那古野という地名も 昔の愛知県にはあったので、名古屋市の由来は読み方も近い那古野であると考える ことに不審な点はなさそうです。 現代において「あなたの出身地はどこですか?」という問いに「那古野です」と返答 したら歴史に詳しくない相手だと「この人何言ってるんだろう」と思われるでしょうが、 中部地区の過去についていろいろ知っている人が相手なら「あ、過去から来た人かな?」 と驚かれるかもしれません。 なので「もとは那古野だし」とこの地名をむやみに使うのではなく、時代に合わせて 「名古屋」という地名を正しく使いましょう。



那古野の由来

では名古屋の元になった那古野はなぜそう名づけられたのか、これも気になります。 やはりはっきりと正解といえそうな説はありませんが、それっぽいものはいくつか あるので一応覚えておくといいでしょう。 ダジャレのような説ですが和やかな気候な土地なのでなごや(和や)と呼ばれる ようになったという説がありますが、これはちょっと面白いのでランチタイムにでも 知人の前で披露して反応をみてはどうでしょう。 「ブホッ!」と口に含んだ天むすや入れ歯を噴出したら大成功です。 霧(ナゴ)が発生しやすい土地だったからナゴヤ、という説もあります。 これはそんなに面白くはないのでわざわざ人前で得意げな顔をして話すような内容 ではなさそうですが、初対面の方やアルバイトの面接でいきなり語りだすと強い印象を 残すことには期待が持てますので、そんな場面では使ってもよさそうです。 他には漁師の集落だったから、漁師を「ナコ」と呼ぶ風習もあったためナコヤ、という 説もありますし、城下の集落を根古屋と呼ぶことから、といった説もあります。 この辺りも面白みに欠けますし感心されそうもないのでグイグイ話したがるほどの 話題にはなりそうもありません。 ちょっと変わったものでは海岸から大波が越えた土地、波(な)越え(ご)からなごや という説もあります。 これは何人かが食いつきそうなネタですし、新年会に手羽先でも食べながらトークを すれば多少は盛り上がるかもしれません。 どれが愛知県の名古屋市の由来として正しいのかはわかりませんが、この中に正解が あるかもしれません。


今の那古野(なごの)

実は現在の名古屋市にも那古野という地名は残っています。 ただし市名ではなく町名で、しかもなごのと呼ばれていますが結局はどこから発生 したのかについて疑う余地無く同一の起源でしょう。 この町は明治22年に愛知郡那古野村として広く知られるようになったのですが、 このときはまだ名古屋市には含まれていませんでした。 呼び方も当時は「なごや」だったことが確認されていますが、「なごやむら」だった ので今ある名古屋市と混同しそうになる小中学生もいるかもしれませんね。 明治31年に名古屋市に仲間入りし明治35年に那古野町へと生まれ変わりましたが、 やはり市には昇格していません。 ですがこのあたりで呼び方は「なごの」に変更されたようで、それ以後は「なごのは なごの」と2つを間違えてしまうことも減ったと思われます。 正確な年は記録として残っていませんが、それでも記録の端々から推測すると那古野町 になった頃からなごのという呼称に変わったようです。 それ以後は那古野町として、市名の由来になったことを大々的にアピールすることもなく 町の老人達に語られる程度でひっそりとした町並みを保っているのでしょう。 現に名鉄や近鉄、JRの電車に乗って名古屋市に観光へ出かけたことのある人の中で、 那古野町の存在に気が付いた人は多くないはずです。 他に強烈な名所があちこちにあるので市内に住んでいても意識したことがない、 そんな存在感の薄い印象を持つ那古野町ですが意外と重要な町だったりするのです。



バナースペース